昨年にお預かりしていた黒駒と調子丸は見違えるように綺麗になりました。

もともと40年近く前に当時再建された聖霊院の奥殿におられる聖徳太子像とともに仏所でおつくりした経緯があります。

なみいる名馬の中から太子自ら選んだ黒駒は富士山をも駆け抜けると言う神馬です。

外気にさらされる厩の造りで、さすがに金具は落ち、木のヒビ割れと彩色の退色や剥離などて修復を余儀なくされていました。

この度の修復では外気に強い絵具や金具の新調の際にも樹脂系のコーティングをほどこすなど少しでも長く保たれるように工夫をしました。

格子の窓にはご開帳の日以外は雨戸をつけるなどお寺のほうでも工夫をしていただきました。

聖霊院奥殿のエリアは一年に一度のご開帳の時のみ入れましたが、奥殿などの一帯の改修が終われば、毎月22日の太子忌にはこの辺りに入れて、黒駒に会う事ができるそうです。
たくさんのお坊さまがたのお出迎えに黒駒も調子丸も嬉しそうです。


ぼつぼつと詰めてきました。

衣文の線をいれて更に進めると、まぁいい感じでしょうか。

蓮台に半跏なので、後ろはこんなです。

前の裳裾も衣文を入れて見ました。

一気に全体がはっきりとつかめる気がしましたよ。

なんとなく、こんなんかなーと想像しながら取り組んでいたところも、そうそうと納得して、先が見えてきます。

坐像って、膝上から胸前あたりにの掘り難さが小さいとはいえガマンのしどころですか、
誘惑に負けて、手首を切り離しました。

なるべく離さず仕上げたいものですが、あると無いでは進みかたや、やり易さか違ってきます。

思い切って切り離して正解でした!


これは迦楼羅(かるら)の伎楽面を復元をしています。

飛鳥時代、最古の伎楽面を同じにつくる。

面ですから等身の仏さまの頭部のみを拵えるわけです。

そんなに難しいお題ではないのですが、いやしかし!

完成に至るまで、わかる限り同じ工程をふむとなるとなかなかハードルは高くなってきます。

ここは仏所の腕の見せ所という事でしょうか。

同じような木目になるよう材を選び、データを元に作った樹脂型を原型に彫刻をしていきます。

欠損した部分は現存する他から推測したり、当時の制作者の思いを重ねて想像したり。

もちろん接着剤も漆などに混ぜ物をしたノリや盛り上げ材を使ったり、彩色も当時と同じような材料を探し、試しながら進めていきます。

けっこう手に入るものや今だに使っているものも多く、案外進歩がないという事?いやいやすでに完成されていたという事ですね。

現代では、材料の選択肢が増えているのですが、昔ながらのものが案外良かったりすることも多々あるのですよ。

思いのほか手間のかかる仕事ではありますが、1400年前の感性の鋭さと、技術の確かさに思いを通わせられた事が収穫です。


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