手は口ほどにものをいう。



そう、仏さまの意思は手と持ち物において大部分表わされます。


とりわけ腕から手指先にかけては

仏師にとっての見せ所?のひとつでもあります。


仏さまはヒトではないけどヒトのカタチをしていますよね。


似てるけど違う。


赤ちゃんの手のような無垢な感じのする手とでもいいましょうか。


具体的には、関節はなめらかに

指先になるほど細くなるもののふっくらと


指先にまで緊張感がありながら自然な美しい動き。


そうそう頭や体に対する手の大きさのバランスも大切ですよね。


むつかしくとも面白く楽しいトコロでもあります。


ここは、北条早雲ゆかりのお寺です。


寺の歴史は12世紀まで時代は遡るものの15世紀末に北条早雲によって禅寺として整えられました。


度重なる火災に遭いながらも見事に復興されているお寺です。


昭和の半ばに寺の復興を始め20数年かかって室町時代の様式をもって七堂伽藍を完成します。


唯一消失を免れた山門は、江戸時代半ばに

水戸光圀公が建立したと伝えられているそうです。


昭和の復興という事でしたので、新しいお寺のイメージでした。


が、なんのなんの。


建立されてから40年という月日は、

ほどよく新しさが抜けてお堂に重厚な貫禄とでもいいましょうか、

室町時代、禅寺、北条早雲というキーワードがしっくり表わされてると同時に

細部までほんものにこだわった落ちついたお寺でありました。


もちろん建築内部のしつらえや仏具その他においても妥協を許さないスジの通った選択がなされています。


周りの木々や作庭も落ちついて全体が調和のとれた佇まいです。


入り口となる黄門さまゆかりの山門はとても素敵で、もみじの頃は茅葺の屋根に素晴らしく映えるのだろうなと予感させます。







浄住寺の釈迦牟尼像のお話の続きなのですが、お預かりした仏像は実はあと二体あります。

本尊 釈迦牟尼像のお厨子が安置されてた須弥壇上には
脇の隠れたスペースに無造作に片付けられた仏さまが二体ありました。

ずいぶん痛んでるようです。


この際なので、片付けも兼ねて全て須弥壇から降ろしたところ
これまた珍しい仏さま、そしてお地蔵さまがおられたんです。

珍しいというのは、本尊よりも小ぶりのお釈迦さまの事なんですが
いわゆる出山の釈迦と言われるカタチです。

修行し痩せてぼろぼろの衣を纏った姿なのです。
あまり彫刻では見かけませんね。
おそらく本尊と同じ頃の作と思われます。

私が気になっていたのは、もう一体のお地蔵さま。


ぱっと見は平安時代の様相です。

ずいぶんと痛んで彩色もわからないくらい汚れていますが、よく見ると截金らしき文様もうかがえます。

仏所に持ち帰ったところ仏師の皆の見解も平安時代後期かなと。
11〜12世紀ごろね。

同志社大学の井上先生も平安時代後期とおっしゃったのでこれはいよいよ間違いないかと。

両手、両足先が無いのと持物が無いなどの他多少の欠損はあるもののなんともスッとしたかわいいお地蔵さまです。

時代の古さもさることながら将来的には文化財となるかもしれないとの見立てです。

ほーほー!
なんだか皆ちょっとした興奮状態。

だって800年以上前の仏さまなんですもん!

                       これまた続きまーす。




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