截金の様子。十数種類の文様を施す。 


ほんの40年程前には、截金師と呼ばれる人たちは日本にわずか5人しかいませんでした。

1400年前に遠く大陸よりもたらされたこの技法は日本でのみ伝えられ今にいたります。
(なので世界に5人ということですね)

截金の技法は極秘とされていました。

純金箔を材料として使う上に熟練した技術と時間を要することで
仏像において最高の仕上げであるかわりに
高価になってしまった事が、截金師の激減につながったと考えられます。

真やさんがまだ彩色や仏画などの仕事を始めた頃、截金師を雇い入れた事がきっかけとなり見よう見真似で截金を習得したのが截金師となる始まりです。

截金というとその特殊な技法に目が行きがちですが
大切なのはその技法で仏像をどうみせたいかなのです。

大きさもスタイルも性格も異なる仏像のそれぞれに
相応しい文様や幾何学的なデザインを
複雑な曲面に合わせて自由自在に筆で金箔を操り貼ってゆく。

下がきもないのですよ。

真やさんは、豊富な経験からくる彩色と截金のマッチングに截金でしか表現できない絶妙なデザインを創造することで独自の截金の世界を展開してきました。

緻密に計算されて積み上げてゆくような截金の見せ方は他の誰にも真似のできない美しさであり
仏像だからこそ発揮できる技法の全てを
心を込めてやり尽くしているのです。

本当に截金が好きなんだなぁとそばで見ていて思います。

あまりにも真やさんの截金は、従来の截金師とは異なる世界であるが故に

"截金彩師"と名乗っています。

苦労して作り上げた仏像に截金を施すという事は、仏師にとってもいつもできるわけではない最高の仕上げなのです。



ひろのさま。


西暦767年に生まれ、のちに天台宗を開いた最澄といえば知っている方も多いでしょう。


いま、その広野さんを制作ちゅうなのです。


彼は奈良時代の終わり頃、平安時代へ移りかわる激動の時代に生きたお坊さまです。


すごい人に決まってるよね。


教科書に載ってるくらいだし。


天台宗のHPに、12歳で近江の国分寺にはいり14歳で得度するとあったので、広野像の年齢設定を10〜11歳くらい、小学高学年くらいに想定することにしました。


まだまだ子供だな。


きっと賢そうでまじめくん、だよね。


という具合にイメージしております。


では、当時の風俗はどんなだろう?


広野くんが10歳頃は、まだ奈良が都です。

この頃はあまり風俗の参考になるものがありません。

井筒の風俗資料を探しても、見当たらないのが現状でした。


あるとすれば身分の高い人たちなど大人の装束が主で、まだ唐の影響色濃く漢服が基本となるようです。


じゃあ子供も同じようなもんかなー。


聖徳太子と二童子像という奈良時代の絵画があります。太子の両脇に立つ二人の童子を参考にすることにしました。


漢服をまといみずらに結ってくつをはいて立ち姿。

手はどうしよう?

何か持たせるのがいいかな?

迷ったあげくお経がいいような気がする。

だってマジメくんだもの。

そこで、はたと気がつきました。

勝手にマジメくんとか言ってるけど、彼の事は、何にも知らないのです。
なので、とりあえず何か伝記がないかなと探してみました。

ありました。
永井路子著  " 風と雲と"
本屋ではもう売ってないので、アマゾンで買いました。

すごいですね。
歴史小説家だけあって、当時の時代背景や人となりの性格づけなど、楽しく読ませていただきました。

小説の中の広野そして最澄も勉強熱心信念一途なマジメくんでありました。

ほのかな恋愛めいたものも何もない。

私の中では、それなりに美少年、賢そうな
一所懸命な人となりが表現できるかなと。

服装については、最後まで試行錯誤ですが、なんとかまとまってきました。

みづらも、ウチの仏師で若い女子Nさんにみずらをやってもらいました。
ちょうど髪も長かったので耳の上あたりでそれらしく結んでくれまして、頭のカタチもきれいなNさん、後頭部から襟足、首まわりも観察でき、一気に粘土での原型が仕上がってきました。

私なりの広野像になってきたかな?



これから制作する誕生仏の粘土原型です。


そう、生まれ出たその瞬間から、モノゴトは古くなっていきます。

仏像も例にもれずですが、経年したからこそ素晴らしくなってゆくのもまた、仏像でしょうか。

汚れや劣化もなんとも言えないアジとなって
より神秘的になられてる仏さまたちです。

ただ博物館などの施設に入ってしまわれると、文化財いわゆる美術品になってしまう事が少し残念ですね。

明るいところで前後左右観れるのはありがたいですけど。

お寺で大切に安置されている仏様に出会うとほっとします。

そういう意味では奈良など古くからある伽藍にきちんとおられるのって、すごいなぁと。

劣化していくことを止めることは出来ませんので、今残っている古い仏さまたちもそれなりにケアされてきたワケです。

特に木彫においては完全な姿で残ってるのは少なくて、間で誰かが修理しています。

よくあるのは、台座光背が後年のもの。
手指、持ち物などは、壊れたり失くしたりしやすいので、修理されていたりといろいろです。

テキトーな修理をされているのもあって笑って(ごめん)しまう事も。

一番悲しいのは、ほったらかされてばらばらになった仏さまでしょうか。


仏所では、新しい仏様をお造りすることが主ですが、お修理することもまた大切なお仕事です。

仏様はたいてい暗い奥まったところにおられるので、気のつかない間に思いのほか傷んでいるものです。

ネズミに齧られるなんてけっこうある事だし、木で出来てるので中が虫喰いになってたりと
黙っておられますが、ツライ状況になってたりするのですよ。

で、それぞれ事情に合わせてお直しをします。
中から納入物が出てきたり、内側に何やら墨で書いてあったり
当時の仏師の彫りあとの素晴らしさを垣間見る事は、お修理の面白いところでしょうか。

ばらばらになったパーツをパズルのように根気良く合わせて元の形に戻して行き
昔の修理が適当でない場合はやり直し
無い部分は作り、当たり前の元の姿に戻って頂くべく、持てる技術を駆使するのも仏師の役割です。

新たに彩色を施したり漆箔をした後、開眼をすませると、みちがえるようになったお姿に

これはどこのどなた?

と思うくらいパワーを取り戻し、また皆のために働いてくださるのだなぁと思うのです。

また少し古くなった感じが必要となれば、古色仕上げにするときもあります。

どこを直したんだ⁈

というくらい
直した事がわからないようにするのが仏師や彩色師の腕の見せどころかな。


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